ツタンカーメンの生い立ちや性格はどんな人?ミイラの保存場所はどこ?

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ツタンカーメン、「悲劇の少年王」とも呼ばれる古代エジプトの若きファラオ(王)です。

その理由は、わずか10歳で即位してからたった9年間しか在位がなく、19歳で死を迎えたことにあります。

※一説によると、即位時は9歳だったともいわれています。

 

1922年11月4日、イギリスのカーナヴォン卿がパトロンとなり、考古学者ハワード・カーターが王家の谷でツタンカーメンの王墓を発見、発掘しました。

ツタンカーメンの王墓は、副葬品の一部を除いて、ほとんど盗掘されていませんでした。

値がつけられないほどの宝の数々が、ほぼ手つかずで残されていたのです。

その理由は、おそらくカーターが発掘するまで、ツタンカーメンは人々に忘れ去られた存在だったからでしょう。

急激な改革を推し進めて、人々や神官たちから多大な反感を買ったアクエンアテンの息子として生まれた彼は、その短すぎる生涯でどのような一生を送ったのでしょうか?

  1. ツタンカーメンの生い立ちは?
  2. ツタンカーメンの人柄や性格はどんな人?
  3. ツタンカーメンのミイラの保存場所はどこ?
  4. まとめ ツタンカーメンの生い立ちや性格はどんな人?ミイラの保存場所はどこ?

 

参考

ツタンカーメン - Wikipedia
ツタンカーメン王
世界史の窓 appendix 用語とヒント

 

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ツタンカーメンの生い立ちは?

紀元前1342年頃 (紀元前14世紀)、ツタンカーメンは誕生しています。

父は、アクエンアテン(アメンホテプ4世)、

母は、アクエンアテンの同父同母の姉妹のうちの一人とみられています。

現在の研究により、ツタンカーメンは近親交配が原因とみられる遺伝的疾患を、生まれつき多数患っていた可能性が非常に高いとみられています。

その一つとして、生まれつき左足が不自由だったらしく、王墓の中には、副葬品としていくつもの杖が納められており、歩くのには杖が必要な状態だったようです。

その他にも、生まれつきの側頭葉てんかんを患っていたことがわかっています。

幼少時は、アテン神を唯一神と定めた父、アクエンアテンの政策により「トゥト・アンク・アテン(アテン神の生ける似姿)」と名のっていました。

英語読みすると、ツタンカーテンになります。

紀元前1333年頃、アクエンアテンが死去。

ツタンカーメンは、古代エジプト第18王朝のファラオとなります。

在位は、紀元前1333年頃 ~紀元前1324年頃までの、およそ9年間でした。

ツタンカーメンは即位後、アテン信仰からアメン信仰へ、一神教から多神教へと国の政策を変えています。

アメン神は元々、古代エジプト人たちに広く受け入れられ、愛されてきた力のある神の一柱だからです。

またこのときに、自身の名前を「トゥト・アンク・アメン(アメン神の生ける似姿)」へと変えています。

この名前を英語読みすると、ツタンカーメンになるわけです。

その他にも、アクエンアテンが強引にアマルナ(テル=エル=アマルナ)へと移した首都を、メンフィスへと移し、最終的にはテーベに戻しています。

父であるアクエンアテンの政策は、あまりにも革新的すぎて、ひどく人々や神官たちの反感を買ってしまっていたため、若くしてファラオとなったツタンカーメンは、父の政策をことごとくひっくり返すしかありませんでした。

紀元前1324年頃、わずか9年間の在位を駆け抜けるように、19歳で亡くなっています。

かつては暗殺説などが囁かれていましたが、現在の研究から導き出された答えとしては、歩行が困難だったツタンカーメンが転んだ際に骨折し、その傷がもとで脳性マラリアにかかって亡くなった可能性が高いそうです。

死後は、様々な石碑や記録から名前が削り取られたり、別人の名前に書き換えられたりと、その存在を抹消されてしまうことになります。

参考

首都の位置と時代について

ツタンカーメンの人柄や性格はどんな人?

ツタンカーメンには姉が6人ほどいました。

当時のエジプト王朝の慣習として、王位継承権をもつ女性(主にファラオの縁者)と結婚したものが、次のファラオとなることを許されていました。

そのため、沢山いる姉のうちの一人であるアンケセナーメンと兄弟婚をすることによって、ツタンカーメンはファラオとなります。

諸説ありますが、ツタンカーメンが10歳のとき、アンケセナーメンは19歳くらいだったとみられています。

アンケセナーメンは、アクエンアテンの三女で、ツタンカーメンの異母姉とみられています。

王家の慣習として結婚した二人でしたが、アンケセナーメンとツタンカーメンはとても仲睦まじい夫婦だったようです。

ツタンカーメンの副葬品の一つである「黄金の玉座」の背もたれに、ツタンカーメンに香油を塗るアンケセナーメンの姿が描かれており、二人で一足のサンダルを分け合う様も描かれています。

それほど仲が良かった二人ですが、子どもには恵まれませんでした。

当時の王家の慣習として兄弟婚をしてはいましたが、普通は子孫を残す相手が別にいました。また、ファラオが沢山の妻をもつことも普通のことでした。

けれども、ツタンカーメンはアンケセナーメン以外の妻をもたなかったのです。

二人の間にできた子どもは、残念ながら二人とも死産でした。

ツタンカーメンの王墓の中からは、二人の間にできた子どもとみられる、二体の胎児のミイラもみつかっています。

2008年に発表された研究結果では、この二体の胎児は双子の可能性もあるとされました。

また、ツタンカーメンは父であるアクエンアテンが行ってきた政策を、ことごとくひっくり返した人物でもあります。

ツタンカーメンは、アクエンアテンのことをどのように思っていたのでしょうか?

アクエンアテンの政策自体を本心からひっくり返したいと思っていたのでしょうか、それともまだ若くて力のなかったファラオは、側近たちに言われるままにそうするしかなかったのでしょうか?

ツタンカーメンが実際にどう思っていたのかを具体的に知る術は今のところありませんが、

実は、前述した「黄金の玉座」の背面に、ツタンカーメンの秘めた思いの一端を伝えるものが残されています。

前面の臣下たちに見えるところには、「トゥト・アンク・アメン」の名前が刻まれているのですが、臣下たちの目につかない背面には別の名前が刻まれているのです。

それは、幼少時にアクエンアテンが自分に付けてくれた「トゥト・アンク・アテン」の名前です。

国中の人々の信頼を失ってしまっていた前ファラオであっても、ツタンカーメンはアクエンアテンのことを父として慕っていたのではないでしょうか。

参考

胎児のミイラ、双子でツタンカーメン王の子どもの可能性

ツタンカーメンのミイラの保存場所はどこ?

現在、ツタンカーメンのミイラは自身の王墓内で、プレクシグラス(軽く透明な合成樹脂)製のケースに納められ、大切に保存されています。

プレクシグラス製のケースならば、気温や湿度を厳密に管理できるという利点があるからです。

実はツタンカーメンのミイラは、作製時の防腐処理に使われる樹脂が化学反応によって変質していたり、発見時の粗雑な扱いで肋骨などが折れた可能性があったり、発見後に包帯をとられた際にもあちこちが傷つけられるなど、様々な災難に見舞われたために保存状態が極めて悪く、このまま棺内で保存を続けるのは厳しいと判断されたためです。

現在はケースに入れられたまま、一般公開されています。

ツタンカーメンの王墓はルクソールにある王家の谷のKV62と名づけられた場所にあります。

ルクソールはエジプト南部のナイル川東岸にある都市です。

紀元前16世紀~紀元前11世紀頃には、古代エジプトの都であるテーベがあった場所で、沢山の王墓や神殿の史跡などがあります。

参考

ルクソール旅行ガイド

(同じような内容を知りたい方は、下記リンク先のルクソールWikipediaをご参照下さい)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%AB 

 

まとめ ツタンカーメンの生い立ちや性格はどんな人?ミイラの保存場所はどこ?

ツタンカーメンの生い立ちは?

紀元前1342年頃 (紀元前14世紀)に誕生。

10歳の頃に幼くしてファラオ(王)となる。慣習に則り、自身の異母姉であるアンケセナーメンと兄弟婚を行っている。子ども二人は死産。

紀元前1324年頃、19歳で亡くなる。

生まれつきの疾患を多く患っており、死因は歩行が困難だったことによる転倒の傷がもととなり、脳性マラリアが死因だったとみられている。

 

ツタンカーメンの人柄や性格はどんな人?

父であるアクエンアテンを慕い、妻であるアンケセナーメンを深く愛した、愛情深い人物。

アクエンアテンが行った政策をひるがえし、国民の王家への信頼を取り戻すことに尽力した。

 

ツタンカーメンのミイラの保存場所はどこ?

ルクソールの王家の谷にある、ツタンカーメンの王墓の中。

気温や湿度を厳重に管理されたプレクシグラス(軽く透明な合成樹脂)製ケースに保存されて、一般公開されている。

ツタンカーメンのことを調べていくと、歴史的に有名な人々の名前がわんさかでてきます。

 

  1. 父:アクエンアテン
  2. 異母姉:アンケセナーメン
  3. 父の妻の一人:ネフェルティティ
  4. ヒッタイトの王子:ザナンザ

 

など、漫画などでもおなじみの人々のことを少しでも知りたいなと思ったら、どうぞ心ゆくまで調べてみてください。

きっと、素晴らしい物語との出会いが待っているはずです。

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