井伊直政の性格と経歴はどんな人?生い立ちやエピソードが面白い

戦国・安土桃山時代

あなたは井伊直政をご存知でしょうか?

女城主であったとされる井伊直虎の養子として迎えられた人物で、後の徳川四天王のうちの1人として認められる人物です。

NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」では井伊直政の幼少期を菅田将暉さんが演じられたことで、有名な人物となりました。

しかし、井伊直政がどのような人物であったのか知らない方も多いかと思います。

そこで井伊直政の

  • 生い立ち
  • 経歴や強さ
  • エピソードから分かる人柄や性格

 

この3つをご紹介いたします。

これを読めば井伊直政の生い立ちや経歴、性格などが分かりますよ。

 

 

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井伊直政の生い立ちとは?

永禄4年(1561年)2月19日、井伊直親と奥山朝利の娘・おひよの嫡男として現在の浜松市北区細江町中川である祝田で誕生します。

  • 幼名は虎松と呼ばれていました。
  • 井伊家当主であった父・井伊直盛の義父である井伊直盛が桶狭間の戦いで戦死すると、
  • 父・井伊直親は直政が生まれた翌年の永禄5年(1562年)に謀反の疑いをかけられ今川氏真によって殺害されます。

 

当主であった井伊直盛、また父・井伊直親まで亡くなると、一般的に嫡男である直政が井伊家の当主となります。

しかし直政はまだ2歳であったことから、亡き井伊直盛の娘である井伊直虎が女性でありながらも井伊家の当主となりました。

幼き直政は今川氏から命を狙われることとなりましたが、今川氏の家臣であった新野親矩が助命嘆願をしてくれたおかげで、母のおひよと共に新野親矩のもとで暮らすようになります。

 

しかし永禄7年(1564年)直政を保護していた新野親矩が討死となります。

その間、直政は松岳院で

  • 新野親矩の妻・清芳院
  • 井伊直虎、井伊直虎の母・祐椿尼と実母・おひよ

 

このどちらかによって育てられたとされています。

 

永禄11年(1568年)直政は出家し浄土寺、三河国の鳳来寺に入りました。

 

天正2年(1574年)直政が亡き父の13回忌参りのため龍潭寺に行った際、新野親矩の妹・祐椿尼、井伊直虎、実母・おひよは住職の南渓瑞聞とともに、直政を徳川家康に仕えさそうと相談していたとされています。

こうして直政を徳川家康に仕えさせるべく、直政の母・おひよは徳川家康の家臣・松下清景と再婚し直政は松下家の養子となりました。

 

天正3年(1575年)松下家の養子となった直政は徳川家康に見いだされ名を幼名の虎松から井伊万千代に改め、徳川家康の小姓として仕えることとなります。

 

井伊直政の経歴や強さは?

直政は、徳川家康に仕えると武田勝頼と徳川家康の間で起きた高天神城の戦いを攻略し、戦功を立てました。

天正10年(1582年)22歳で遅い元服を迎えます。

ここで井伊直政と名乗り始めました。

 

また

  • 本能寺の変では、徳川家康の伊賀越えに従う
  • 徳川家康と北条氏直との天正壬午の乱では、北条氏との和平交渉役を担う

 

このような活躍によって直政は徳川重臣の一翼を担う存在となります。

 

  • こうして、徳川重臣の一翼を担う存在となった直政は一部隊の士大将となりました。
  • 直政の編成した部隊は武田氏の兵法を引き継ぎ、また武田氏の家臣であった山県昌景が身に着けた朱色の軍装も引き継ぐこととなりました。
  • この部隊の構成員が身に着ける甲冑や武具は全て朱色や赤色を主体とした色に揃えられ、井伊の赤備えと呼ばれるようになります。

 

天正11年(1583年)になると徳川家康の養女である松平康親の娘・花を正室に迎えました。

 

天正12年(1584年)豊臣秀吉陣営と織田信雄、徳川家康陣営が争った小牧・長久手の戦いで、初めて直政の部隊である井伊の赤備えが活躍します。

 

直政は体も小さく、顔も整った青年でありました。

  • しかし、そんな直政は角のような飾りであしらわれた兜を被り、赤い甲冑を纏って長い槍で戦う姿から
  • 井伊の赤鬼」と呼ばれるようになり、恐れられる存在となります。
  • 徳川家康が豊臣秀吉に臣従することになった際、直政は秀吉からその活躍を称えられ豊臣政を与えられました。

 

天正16年(1588年)には徳川家の中でも最も格式の高い重臣についたとされています。

その後、

  • 天正18年(1590年) 小田原征伐に参加
  • 天正19年(1591年) 奥州仕置の九戸政実の乱に参加
  • 慶長3年(1598年) 和田城を改築して高崎城と名を変え居城とする

 

など行いました。

 

関ヶ原の戦い

豊臣秀吉が亡くなると、豊臣臣下の内部抗争が勃発します。

  • 西軍 毛利輝元、石田三成、宇喜多秀家ら
  • 東軍 徳川家康、福島正則、本多忠勝ら

 

直政は当然、徳川家康のいる東軍につき、西軍についた武将を東軍に誘うなど東軍を指揮する中心人物となります。

島津豊久を討ち取ると、退却する島津軍に追撃し島津義弘を討ち取りました。

しかし、この際、島津軍の柏木源藤の放った銃弾によって右肘関節を負傷し落馬するといった大怪我を負います。

関ヶ原の戦いが終わると、大怪我を負いながらも直政は

  • 戦後処理や江戸幕府の政治基盤作り
  • 西軍の総大将であった毛利輝元との講和交渉役
  • 徳川氏と島津氏の和平交渉の仲立ち役
  • 西軍であった真田昌幸と、その息子・真田幸村の助命交渉

 

などを行いました。

 

この戦後の活躍によって直政は近江国佐和山18万石を与えられ、従四位下に任命されることとなります。

慶長7年(1602年)2月1日、直政は関ヶ原の戦いでの負傷と過労によって41歳で亡くなったとされています。

徳川家の中でも最も多くの功績を残したとして、直政は後に徳川四天王

  • 酒井忠次
  • 本多忠勝
  • 榊原康政

 

とともに称えられます。

 

【エピソード】井伊直政の人柄や性格が分かる逸話

井伊直政は

  • 『甫庵太閤記』
  • 『塩尻』
  • 『徳川実紀』

 

などの記録によると、かなりの美男子であったとされ、徳川家康の人質として送られた際は、豊臣秀吉の母・大政所や侍女たちが、直政に惚れたという記録が残されました。

一体どのような美男子であったのでしょうか。気になります。

 

そんな直政は自身や部下に対してはとても厳しかったとされています。

しかし、より一層、自身や部下に対して厳しくなる、ある出来事がありました。

  • それは直政が、家康の小姓であった頃、大久保忠世の陣中に招かれ芋汁と他の武将と共に食べていた出来事の事です。
  • 戦の最中で、戦場であったこともあり、その芋汁は薄味で芋の葉や、根っこが混ざったものでした。
  • 直政はそんな芋汁を食べる気にはなれず、大久保忠世に「醤油はありませんか?」と尋ねます。

 

大久保忠世は、これに対して「他の武将たちは皆、同じものを食べている。兵士や農民たちはこのような芋汁でも満足に食べられない。一軍の将になりたければ、このことを絶対に忘れてはいけない、そのために直政をここへ呼んだのだ。」と直政を諭しました。

この出来事を境に直政は一層、自身や部下に厳しくなったとされています。

 

そんな直政は部下や自身に厳しいが故に、気性は荒く、負けず嫌いで、失敗した家臣を手討ちにするなどして「人斬り兵部」とも呼ばれていました。

また、寡黙な性格であったとされ、家臣に気安く声を掛けるなどもなかったとされています。

あまり上司に持ちたくないような武将であったのですね。

 

まとめ 井伊直政はどんな人?分かりやすいおすすめ作品

以上、井伊直政の生涯や経歴、逸話から分かる性格をご紹介いたしました。

簡単にまとめると

  • 当主にはならず、父・井伊直盛亡き後は新野親矩に保護される。
  • 新野親矩が亡くなると、井伊直虎らと共に生活したとされる。
  • 天正3年(1575年)徳川家康の小姓となる。
  • 遅い元服を迎え井伊直政と名乗ると数々の戦いで功績をあげる。
  • 関ヶ原の戦いでの負傷と過労によって41歳で亡くなる。
  • 美男子であった。
  • 自分や部下に厳しく、その厳しさ故に家臣を手討ちにしてしまい「人斬り兵部」と呼ばれる。

 

井伊直政は徳川家に尽くした徳川四天王の1人として名を残しましたが、性格はきつく家臣から「人斬り兵部」と呼ばれるほどでした。

また美男子で寡黙でもあったともされています。

直政の素顔が気になりますね。

 

NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」では、イケメンとされていた直政を菅田将暉さんが演じられました。

菅田将暉さんはとってもカッコいい俳優さんなので、ピッタリの役ではないでしょうか。

他にも

  • 大河ドラマ「黒田官兵衛」では東幹久さん
  • 大河ドラマ「天地人」では長森雅人さん
  • 大河ドラマ「功名が辻」では篠井英介

 

などが演じられました。

井伊直政について興味を持たれた方は是非、大河ドラマ「おんな城主 直虎」を見てみてください。

以上「井伊直政の性格と経歴、生い立ちや面白いエピソード」のご紹介でした。

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>>「功名が辻」(全話配信)を見る

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