濃姫の性格や人柄は?結婚や信長との関係が分かるエピソードと逸話とは

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あなたは、織田信長の正室とされる濃姫をご存知でしょうか?

織田信長を知っていても、正室とれる濃姫の事を知っている方は少ないかと思います。

私が初めて濃姫を知ったのは、戦国時代を舞台にしたゲームからです。

このゲームで濃姫は信長の妻ということもあってか、とても強いキャラクターでした。

あまり名前の知られていない濃姫ですが、謎の多い女性だそうで、

今回はそんな濃姫の

  • 生い立ち
  • 信長との関係性
  • 逸話から見える性格や人柄

 

この3つをご紹介していきます。

これを読めば、信長の正室、濃姫の生い立ちや生涯、信長との関係性、性格などを知ることができますよ。

 

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濃姫の生い立ちは?

織田信長の妻とされる濃姫は斎藤道三と斎藤道三の正室である小見の方から天文4年(1535年)に誕生しました。

信長よりも1歳年下ということになります。

兄妹には孫四郎(龍元)、喜平次(龍之)、末子の斎藤利治がいました。

母・小見の方は、明智光継の娘であったため、信長の家臣である明智光秀の叔母にあたります。

そのことから光秀との関係性があったと考えられますが、光秀の出自は不明な点が多いため、明確なことは分かっていません。

出身地は美濃国(現在の岐阜県)であったことから後に、濃姫、美濃の方と呼ばれるよになったとされていますが、他にも帰蝶、胡蝶、天文18年(1549)に鷺山城から信長のもとに嫁いだので鷺山殿と呼ばれることもあります。

また正室としての意味である北の方とも呼ばれていたようです。

 

濃姫の結婚や信長との関係は?

では、濃姫はどのような生涯を送っていたのでしょうか。

天文10年頃、濃姫の父・斎藤道三は美濃国の守護大名であった土岐頼芸を追い出し美濃国の国主となりました。

しかし、未だ土岐頼芸に従うものが多く、美濃国は荒れていたそうです。

 

そんな時、天文13年頃、父・斎藤道三を嫌う尾張の織田信秀が土岐頼芸を援助しつつ攻撃をしかけてきました。

  • 越前の朝倉孝景も加勢に参加
  • 織田勢によって稲葉山城が落城
  • 朝倉勢の接近

 

などが重なったため、父・斎藤道山は双方との和睦を決意します。

 

織田家との和睦には、織田信秀の甥である織田信長のもとに濃姫を嫁がせるこを約束しました。

しかし、この約束は一旦、保留となります。

朝倉孝景との和睦には土岐頼純に娘の濃姫を嫁がせることで成立しました。

土岐頼純は土岐家当主であったため、同様の身分である父・斎藤道三と正室との娘・濃姫が輿入れされたようです。

こうして濃姫は12歳の時に土岐頼純の正室となりました。

 

その後も織田勢と朝倉勢は斎藤勢を攻められますが、加納口の戦いの戦いで、織田信秀を敗北に追い込みます。

この頃、濃姫の夫である土岐頼純が亡くなったので、濃姫は実家に帰ったそうです。

 

天文16年になると父・斎藤道三と織田信秀が再び戦を始めますが、和睦をすることとなります。

この際、織田信秀の甥である信長のもとに濃姫が嫁ぐことで和睦の成立となりました。

 

こうして天文18年、濃姫は15歳で信長の正室として迎えられることとなります。

濃姫にとっては2度目の攻略結婚ということになります。

その後の濃姫の記録は残されておらず、「美濃国諸旧記」からも記載がされることはありませんでした。

また濃姫と信長との間には子供はいなかったようで、そのため濃姫の没年や戒名などは一切分かっていません。

本当に謎の多い女性のようですね。

このような謎の多い女性であるため、濃姫に関して、

  • 信長との離縁説
  • 本能寺の変が起きた天正10年までに亡くなっていたのでは?とされる死亡説
  • 本能寺の変の際、自らも戦場に立ち亡くなった戦死説

 

などがあげられています。

 

【エピソード】濃姫の人柄や性格の逸話

これほど謎の多い女性であったため、濃姫のエピソードはとても少ないです。

その中でも濃姫と信長のこのようなエピソードが残っています。

濃姫と信長が結婚して1年ほどたった頃、信長は濃姫が熟睡したと知ると、夜な夜な寝室から抜け出していたようです。

それに気づいた濃姫は信長の浮気を疑い問いただしたところ信長は、濃姫の実家である美濃の家臣たちが信長に寝返り、斎藤道三の殺害を計画しているため、その家臣たちからの連絡を待っている。と答えたそうです。

それを知った濃姫は殺害計画が立てられていることを父・斎藤道三にこっそり知らせると、父・斎藤道三はその家臣たちを処刑しました。

しかし、その家臣たちが寝返り、斎藤道三の殺害を計画しているなど、信長による全くの嘘で、斎藤道三は罪のない家臣を殺害したこととなりました。

これは、斎藤家の弱体化を狙った信長の戦略だったようです。

 

また父・斎藤道三とのエピソードには、濃姫が信長のもとへ嫁ぐ際、父・斎藤道三は「もし信長が何か企んでいたのなら、この刀で信長を刺せ」と伝えたそうです。

これに対し濃姫は「分かりました。しかし、なにかあったら父を刺すかもしれませんね。」と答えたそうです。

このようなエピソードから濃姫は気の強い性格の持ち主であったかもしれませんね。

残虐非道とされる信長の正室なので、強い性格の持ち主でなければ務まらなかったかもしれません。

 

まとめ 濃姫の生涯が分かる小説やドラマ

以上、信長の正室、濃姫のご紹介でした。

濃姫のことを簡単にまとめると

  • 濃姫は斎藤道三と明智光継の娘・小見の方から誕生したため、明智光秀の叔母にあたる。
  • 12歳の時に土岐頼純の正室となり、15歳の時に信長の正室となる。どちらも攻略結婚だった。
  • 信長の正室になった後のことは、不明な点が多い。
  • 気の強い性格の持ち主であった。

 

濃姫は謎の多い女性であったことが分かりました。

これだけ謎の多い女性なので、濃姫には離縁説や、戦死説、また信長亡き後も生きていたとされる生存説などが推測されたようです。

そんな濃姫のを題材にした小説として

  • 中島道子『濃姫と熈子—信長の妻と光秀の妻』
  • 倉本由布『濃姫夢紀行』
  • 藤原眞莉『夢の痕―美濃姫異伝』
  • 桜田晋也『戦国武将の妻たち』

 

などがあげられます。また漫画では

  • 美内すずえ『虹の戦―美内すずえ傑作選5』
  • 田村由美『神話になった午後』

 

ドラマでは観月ありささんが濃姫を演じられた『濃姫』が2012年に放送されていたようですよ。

謎多き女性、濃姫が一体、小説や漫画、ドラマでどのような女性として描かれているのか、気になりますね。

濃姫に興味を持っていただいた方は是非、こちらの作品を手に取ってみてくださいね!

以上、「濃姫の性格や人柄は?結婚や信長との関係が分かるエピソードと逸話とは」でした。

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