藤堂平助の性格はどんな人物像?生い立ちやエピソード・逸話が面白い

藤堂平助。

魁先生と呼ばれ、若くしてこの世を去った8番組隊長。

そんな彼の一生気になりませんか?

さて今回は、藤堂平助の

  • 性格がわかる面白いエピソード
  • 人物像がわかる面白いエピソード
  • 藤堂平助の生い立ちや家族

を紹介します。

これを読めば藤堂平助の生涯が分かり、彼のことがもっと知りたくなります。

ぜひご覧下さい。

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藤堂平助の性格はどんな人物像?生い立ちやエピソード・逸話が面白い

藤堂平助の性格がわかる面白いエピソードとは

魁先生と呼ばれる彼の一生、どんなものだったのでしょう?

まずは経歴からご紹介いたしますね。

エピソード1 藤堂平助の経歴。千葉周作の道場へ入門

1844年江戸の浪人としてこの世に生を受けます。

藤堂は千葉周作の北辰一刀流玄武館にて目録を受けるほどの腕前を持っていました。

ですが試衛館にも入り浸る様になり、やがては道場へと入門するのです。

その後、浪士募集に応じ近藤ら試衛館仲間と共に上洛。

当時18歳でした。

エピソード2 池田屋事件に参加するも、死にかける

翌年には新選組が有名となるきっかけ池田屋事件に近藤らとたった5人で斬り込みます。

このとき藤堂は刀がボロボロになるまで戦います。

がしかし、ひと段落したと思い鉢がねを外しているところ長州浪人に頭を斬り付けられてしまうのです。

なんとか永倉の助勢により一命をとりとめますが、額を切られていたために昏倒してしまいます。

エピソード3 伊東甲子太郎を新選組に勧誘

同年、近藤が隊士募集のため江戸に戻った際には、藤堂も同行。

伊東甲子太郎の元を訪れを新選組へと勧誘し、参加を決意させます。

そうして翌年には8番組隊長として就任します

エピソード4 新選組を離脱して御陵衛士として活動

ですが、2年後隊を離れてしまうのです。

御陵衛士として活動するようになる藤堂。

1867年11月18日深夜、暗殺された伊東の遺体を引き取りに7人の仲間と油小路南へ向かいます。

エピソード5 脱退した新選組に襲われて戦い、24歳で死亡

しかし、そこに待ち伏せていた新選組に襲撃に合うのです。

藤堂は四方を囲まれながらも奮戦しますが追い詰められてしまいます。

藤堂に一目置いていた近藤。

藤堂を逃がすよう隊士に命令していたのですが、藤堂の顔を知らない新人隊士に斬られ生涯を終えます。

24歳のことでした。

若くてもこの時代では、刀を持っていれば殺されてしまう。

そんな世界の彼らもまた現代の平和を作ったうちのひとりなんだと思うと、とても考えさせられますよね。

藤堂平助の人物像がわかる面白い逸話とは?

さて、そんな藤堂ですがどんな人物なのでしょう。

藤堂平助の逸話1 小柄で容姿端麗、頭もいい

藤堂は小柄ながらも容姿端麗で品格もありました。

さらに剣だけはなく学問も身につけていたために山南とも気が合ったといいます。

とても頭がよかったんでしょうね。

藤堂平助の逸話2 勤王思想が強く、幕府や将軍に従う新選組に反感を持つ

しかし藤堂の中で勤王への気持ちが強くなり、幕府や将軍様への忠誠が強い近藤らに不満が出てきてしまいます。

それは「幕府の走狗になりやがって」と漏らすほどでした。

藤堂平助の逸話3 近藤勇の暗殺計画もした

さらに近藤の暗殺計画を目論み、新選組を勤王党にしたいという思いもあったようです。

彼の中で気の合った山南が切腹したことが納得できなかったのでしょう。

仲間だったはずの人間を簡単に斬り捨ててしまう。という行為が。

とても仲間想いで熱い人間だったんですね。

藤堂平助の生い立ちや家族を紹介

ではそんな藤堂がどのように育ったのでしょう。

藤堂は武蔵国江戸の生まれで浪人の子として生まれます。

藤堂平助の家族のことはほとんど分からない

がしかし、家族や新選組入隊前のことはほとんど記録がありません…

兄妹などの情報もないために全くと言っていいほどどのように育ったかが分からないんです…

やはり短命の方だと分からないこと多いんですね…

試衛館のころは態度が悪かった

ただ試衛館のころは結構やんちゃだったようで態度が悪いとよく近藤に怒られていたと言われています。

どんな事をしてたんでしょう…

そんな藤堂はさまざまな事件で先頭となり動いていたため「魁先生」と呼ばれていました。

怖いもの知らずな藤堂だったから出来たことなんでしょうね。

私だったら何が起こるかわからないので、怖くて先頭なんて絶対無理なので尊敬します!!

【結論】藤堂平助はどんな人?性格や人物像がわかる逸話・エピソードを紹介

さて、藤堂平助の性格や生い立ちをご紹介しました。

ざっくりまとめますと……

  • 藤堂平助は剣も学問もできる文武両道な人だった
  • 藤堂平助は仲間想いの熱い心を持っていた
  • 藤堂平助は新選組の先頭をきれる実力をもっていた

藤堂は短命だったために記録が少ないですが、小説や漫画などでも結構出てきますよね。

秋山香乃さんの「新選組藤堂平助」は長編になるのですが藤堂メインのお話になります。

ぜひ手に取って読んでいただけたらと思います。

また戒光寺というお寺に藤堂平助のお墓もございます。

こちら事前に予約が必要となりますが、京都に行く際は是非参拝に行ってみてください。

以上、「藤堂平助の性格はどんな人物像?生い立ちやエピソード・逸話が面白い」でした!

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