あなたは小松姫と呼ばれる女性をご存知ですか?
- 小松姫は徳川家康の家臣であった本田忠勝の娘でありながら、真田幸村の兄・真田信之の正室として迎えられた女性です。
- 大河ドラマ「真田丸」では女優・吉田羊さんが小松姫を演じられました。
- 一体、小松姫はどのような女性であったのでしょうか?
調べてみると、小松姫は
- 真田信之とは政略結婚であった
- 小松姫は強い性格の持ち主で、気遣いのできる女性
であったことがわかりました。
そこで、今回は小松姫の
- 生い立ち
- 結婚や、真田昌幸との関係性
- 逸話でわかる人柄や性格
この3点をご紹介いたします。
これを読めば小松姫の生涯や性格、どのような女性であったのかが分かります。
ぜひご覧ください。
側室との仲も良好で、自身になかなか子どもが出来ないと分かると他に側室を取ることをすすめた。
※Wikipediaより抜粋#小松姫#稲姫 pic.twitter.com/vDjLUFoUDV— 三國志VS戦国時代 (@tweetjoker011) 2015年2月14日
小松姫の生い立ちは?
小松姫は天正元年に本多忠勝の長女として誕生しました。
幼名は於子亥(おねい)、稲姫とされています。
小松姫の父・本多忠勝は徳川家康の家臣として
- 姉川の戦い、
- 長篠の戦い、
- 小牧・長久手の戦い
などに参加し、徳川四天王の1人とされた人物です。
小松姫の結婚や真田信之との関係は?
天正15年、小松姫が15歳の時、真田信之と結婚します。
当時、徳川家と真田家は
- 天正13年 第一次上田合戦
- 天正14年 真田征伐
などで、対立関係にありました。
そこで豊臣秀吉は徳川家と真田家の関係を緊密にさせるため、徳川家康の家臣であった本多忠勝の娘、小松姫を真田信之の妻とさせること命じました。
よって小松姫と真田信之は政略結婚ということになります。
天正17年、真田信之と結婚した小松姫は豊臣秀吉によって建てられた聚楽第、伏見城、大坂城の城下に建てられた真田屋敷に信之と共に移りました。
夫の真田信之は小松姫が嫁ぐ前に、真田信綱の娘である清音院殿を正室に迎えていました。
しかし、後世の記録には正室の清音院殿は「家女」と記されていることから、清音院殿は側室扱いとなっていたとされています。
この「家女」と記された清音院殿は、真田信之の領地であった上野国沼田城に住んでいました。
このことから歴史学者の黒田基樹さんは、
- 豊臣秀吉の政権本拠地に住む小松姫は対外的な真田信之の妻
- 真田信之の領地である上野国沼田城に住む清音院殿は領国における真田信之の妻
このように、真田信之の2人の妻は、それぞれの役割があったのではないか。と考えられています。
真田信之には5人の子供がいました。
そのうちの
- 長女・まん
- 女・まさ
- 次男・信政
- 三男・信重
は小松姫との子供とされていますが、残る長男・信吉は清音院殿の子供なのではという説がなされています。
関ヶ原の戦い
豊臣秀吉の死後、天下分け目の戦いとされる関ヶ原の戦いは真田家の家族を分ける戦いとなります。
- 夫の真田信之は、家康の養女であった小松姫を妻としていたため徳川家に味方し東軍に属しました。
- 一方、義父である真田昌幸と義弟である真田幸村は石田三成に味方し西軍に属します。
- 真田家は家族の中で東軍、西軍に分かれ、小松姫にとっては悲しい出来事であったのではないでしょうか。
この関ケ原の戦いで西軍は敗れ、真田昌幸と真田幸村は敗軍の将として死罪を命じられそうになります。
- しかし、夫・真田信之と小松姫の父・本多忠勝の計らいもあって2人は死罪を免れることとなり、高野山への流罪となりました。
- 真田信之は、流罪となった2人を心配し、病を患ってしまった父の真田昌幸の助命嘆願も繰り返し行っていたとされています。
- 義父の真田昌幸は真田信之に送った手紙の中で、小松姫からの手紙に対しお礼をしていたことから、小松姫も夫と同じように流罪となった2人を心配していたようです。
徳川家康が征夷大将軍となり江戸幕府を開くと小松姫は夫の真田信之と共に江戸の大名屋敷に住んだとされています。
大阪の陣
慶長19年から始まった大阪の陣では夫の真田信之は病気療養のため出陣することができなく、代わりに長男の信吉と次男の信政が出陣します。
元和6年、小松姫は病気を患ったとされ、治療のために草津温泉へと向かいました。
しかし、その道中に病状は悪化し2月24日に48歳で亡くなりました。
【エピソード】小松姫の人柄や性格の逸話
小松姫のおもしろいエピソードとして自身の婿選びの際の話が残されています。
- 徳川家康は小松姫に婿を選ばせる際、若い武将を小松姫の前に並ばせました。
- 並ばされた多くの武将たちは徳川家康を前にして緊張しているのか、うつむいていました。
- しかし小松姫は、うつむく武将たちの顔を見るために一人ひとり髻を掴み顔をあげさせます。
小松姫が一見地味な武将の髻を掴もうとしたところ、その武将は「失礼だ!」と叱咤して、小松姫の頬を扇子で叩きました。
今考えると、本当に小松姫は失礼な態度をしていますよね。
この武将こそが真田信之であったとされます。
小松姫は驚きましたが、この武将に強い心があると確信して真田家に嫁ぐことを決めたという逸話が残されています。
この逸話が事実であったのかは分かりませんが、この逸話から小松姫は強気な性格の持ち主であったことがわかりますね。
他にも小松姫の性格が分かるエピソードとして、このような話が残されています。
慶長20年に行われた大阪夏の陣の際、夫の真田信之は病気療養のため出陣することができませんでした。
- そんな真田信之に代わって長男・信吉と次男・信政が出陣します。
- この際、小松姫は長男・信吉が合戦の経験が少ないことを気にしたため、
- 長男・信吉の家臣である安中作左衛門に「長男・信吉はまだ若く、合戦経験も少ないため父の真田信之のようには戦えないでしょう。しかし、真田信之に免じて御奉公お願いいたします。」といった手紙を送りました。
小松姫は長男・信吉が合戦経験が浅いことを心配し、家臣に手紙で長男・信吉の補佐を頼むといったことから、小松姫は母親として愛情深く、また気遣いのできる女性であったことが分かります。
まとめ 小松姫の生涯が分かる小説やドラマ
小松姫の生涯、真田信之との関係性、性格をご紹介いたしました。
小松姫について簡単にまとめると
- 本多忠勝の娘として誕生する
- 真田信之と政略結婚する
- 小松姫は強い性格の持ち主でありながらも、母親として愛情を持ち気遣いのできる女性であった
小松姫は真田信之の妻となりましたが、あまり夫婦間でのエピソードは残されていませんでした。
しかし関ヶ原の戦いの際、真田家は家族内での分裂が起き、小松姫にとっても辛い状況であったことは間違いないです。
そんな小松姫が登場する最も有名なNHK大河ドラマは「真田丸」です。
「真田丸」に登場する小松姫は吉田羊さんが演じられました。
その他にも
- 真田信之役 大泉洋さん
- 真田幸村役 堺雅人さん
- 真田昌幸役 草刈正雄さん
- 本多 忠勝役 藤岡弘、さん
が演じられました。
ドラマの他にもゲームの戦国無双シリーズには幼名である稲姫として登場しています。
小松姫に興味を持たれた方はぜひ、NHK大河ドラマ「真田丸」を見てみてください。
以上「小松姫の性格とエピソードと結婚や真田信之との関係が分かる逸話」でした。
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