平山五郎の性格はどんな人物像?エピソードや逸話が面白い

あなたは、新選組隊士の平山五郎を知っていますか?

近藤勇や土方歳三、沖田総司など、メジャーな人ではありませんが、浅田次郎作品の『輪違屋糸里』では、趣のある人物に描かれています。

今回は、平山五郎について

  • 平山五郎の経歴は?
  • エピソードからわかる性格
  • 新選組での逸話から分かる人物像は?

について紹介します。

こちらを読めば、平山五郎の経歴や新選組での活躍・人となりが分かります。

 

新選組関係の小説では、ほぼ脇役扱いの平山五郎をひそかに楽しめるようになります。

是非お読みくださいね。

スポンサーリンク

平山五郎の生い立ちや経歴は?

平山五郎は,姫路出身で文政12年(1829年)に生まれました。

新選組局長の芹沢鴨や永倉新八と同じ神道無念流を学び、免許皆伝の腕を持っています。

芹沢鴨とは、同じ流派ということで付き合いがありました。

  • 文久3年(1963年)2月 芹沢鴨らとともに浪士隊に参加、京に向かう
  • 同年 3月 芹沢・近藤勇らと壬生浪士組を結成
  • 同年 5月 会津藩藩主松平容保(まつだいらかたもり)に剣術の稽古を披露

平山五郎は、花火の事故で左目がつぶれて失明していたにもかかわらず、免許皆伝の腕はたしかなものでした。

会津藩主の前で剣術稽古を披露したこともそれを証明しています。

『新選組遺聞(いもん)』では、このように書かれています。

「剣術の稽古をする時に、このつぶれている左の眼のほうから打ち込んでいくと、きっとこれを受け止めて物凄く切り返してくる。それが電(いなづま)のように早いので、大ていの人はあべこべに打たれて終う」

子母澤寛 1977年

両目が見えていれば、もっと強かったことでしょう。

平山五郎の性格が分かる面白いエピソードとは?

新選組は結成当初、近藤勇を中心とした近藤派と芹沢鴨を中心とした芹沢派に分かれていました。

近藤勇の性格と最後は?新選組のエピソードや面白い逸話

芹沢鴨の性格はどんな人物像?生い立ちやエピソード・逸話が面白い

芹沢鴨と行動をともにする

芹沢は、貫禄があり身なりも立派でしたが、酒癖が悪く、粗暴だったため、近藤派と対立することがよくありました。

平山五郎は、芹沢派の一人として行動を共にすることが多く、近藤派からも警戒されていました。

文久3年6月には、芹沢が大坂で力士たちと乱闘事件を起こした時も同行しており、平山は胸を打たれて負傷しています。

また、京都の生糸商人大和屋庄兵衛の土蔵に、火をつけたときも行動をともしていたので、芹沢と同じように世間から恐れられていました。

芹沢鴨が芸妓小寅に腹を立てたため、遊郭に乗り込む

9月初めには、芹沢が思いのままにならない芸妓小寅に腹を立てて、大坂の吉田屋という遊郭に乗り込むという事件が起こります。

この時は、平山五郎のほか土方歳三・永倉新八・斎藤一が同行しています。

芹沢の怒りはすぐには収まらず、小寅と付き添いの芸奴お鹿を坊主にすると言い出しました。

芹沢が、脇差で髪を切ろうとしたところ、土方が

「先生の手を煩わすほどではありません」

と言い、小寅の髷を切り落としました。

すかさず、平山がお鹿の髷を切り落としています。

芹沢が無事に芸奴たちの髪だけを切らず、命まで取る恐れがあったため、土方がとっさに判断した行動だったとみられています。

同じ行動に出た平山も芸奴をかわいそうに思っていたのでしょう。

芹沢の配下のように思われていた平山ですが、内心はうんざりしていたのかもしれません。

平山五郎の人物像が分かる面白い逸話とは?

平山五郎の内心はわからないまま、その後も芹沢派として行動をしています。

「八月十八日の政変」で最期を迎える

そして文久3年9月16日(18日という説もあり)去る8月18日の「八月十八日の政変」での活躍により、会津藩からの褒美として、壬生の屯所近くにある島原の角屋で宴会がありました。

八・十八の政変とは、長州藩や長州藩の味方をしていた朝廷の人たちを京から追い出すために、会津藩と薩摩藩が中心となって起こしたクーデターです。

芹沢派の平山五郎・平間重助・野口健司は大いにお酒を飲みました。

近藤勇や土方歳三もこの時は、芹沢の武勇をたたえお酒を勧めます。

泥酔した芹沢、平山たちは、屯所に帰ると、待っていた芸奴たちと眠りにつきました。

深夜、部屋へ侵入した何者かによって、芹沢鴨とその妾お梅、平山五郎が殺されました

平山五郎は,熟睡しているところを襲われたらしく、抵抗の跡もなく首が完全に胴から離れていました。

平山五郎、35歳の時です

この事件は長州の仕掛けた暗殺事件ということになっていますが、実は土方歳三・沖田総司・山南敬助・原田左之助が襲った内部抗争の結果でした。

芹沢の度重なる乱暴狼藉に起こった会津藩が、近藤勇らに芹沢の処分をひそかに命令していたのです。

平山はそのとばっちりを受けて殺されたのか、もともと近藤たちの暗殺計画に入っていたのかは、わかっていません。

平山五郎の人物像

先ほど紹介した『新選組遺聞』の話には、まだ続きがあります。

「開いている(見えている)右の眼のほうから打ち込むと、割りにすきがある、妙なものだと隊士は話していました」

自分の弱点を責められると強いのに、当たり前に強いはずのほうから攻められると隙がある

平山五郎の隠れた人物像が見えてくるようです。

 

どこかに隙があって、本当は優しくてかわいい人だったのかもしれませんね。

平山五郎の墓

平山五郎は芹沢とともに新選組による盛大な葬儀ののち、新選組屯所の隣にある壬生寺内に芹沢鴨と並んで葬られました。

今でも平山と芹沢の墓は,隣同士です。

【結論】平山五郎の性格はどんな人物像?エピソードや逸話が面白い

平山五郎の経歴とその人物像について紹介しました。

最後にまとめておきましょう。

  • 平山五郎は新選組の芹沢派の一人だった
  • 平山五郎は右目しか見えないのに剣の腕は強かった
  • 平山五郎は本当は怖いだけの人ではなかった

新選組芹沢派の一人でありながら、小説やドラマではほとんど登場することがなかった平山ですが、浅田次郎さんの新選組3部作の一つ『輪違屋糸里』では、今までにない平山が描かれています。

 

平山が通う島原の芸奴吉栄との心の通い合い、純朴な平山の愛情表現。

この小説では、ちょっとさえないけど心優しくて憎めないおじさんというイメージの平山五郎なんです。

『輪違屋糸里』は、2007年に上戸彩さん主演でドラマ化、2018年には、藤野涼子さん主演で映画化されています。

ドラマでは、山本太郎さん、映画では、佐藤隆太さんが平山五郎を演じています。

見た目はイケメンすぎるけれど、どちらも純朴で優しげなところが小説の平山に似ています。

 

今日の記事を読んでから、映画やドラマを見れば、もっと楽しめます。

もちろん小説『輪違屋糸里』は一番のおすすめですよ。

ぜひ読んでみてくださいね。

以上、「平山五郎の経歴と逸話,その人物像」でした

コメント